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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)4208号 判決 2000年9月28日

原告

森間ヨシ子

ほか三名

被告

安田火災海上保険株式会社

主文

1  被告は、原告森間ヨシ子に対し金五〇〇万円、同森間健治に対し金一六六万六六六七円、同森間裕子に対し金一六六万六六六七円、同谷智子に対し金一六六万六六六六円及びこれらに対する平成七年四月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

4  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告森間ヨシ子に対し金一〇〇〇万円、同森間健治に対し金三三三万三三三四円、同森間裕子に対し金三三三万三三三三円、同谷智子に対し金三三三万三三三三円及びこれらに対する平成七年四月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告との間でいわゆる任意保険を締結していた者が、被保険自動車を運転中、自損事故を起こした後死亡したことから、同人の相続人らが、保険契約に基づき、自損事故及び搭乗者傷害による保険金合計二〇〇〇万円及びこれに対する死亡保険金請求日の翌日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを請求した事案である。

1  争いのない事実等(特に証拠を挙げた部分以外は当事者間に争いがない。)

(1)  被告は、損害保険業を営む株式会社である。

(2)  訴外森間榮治(以下「亡榮治」という。)は、被告との間で、下記の自家用自動車総合保険契約(SAP。以下「本件保険契約」という。)を締結していた(甲第一号証)。

<1> 証券番号 四四九七二八二四二五

<2> 保険期間 平成六年一〇月一五日午後四時から平成七年一〇月一五日午後四時まで

<3> 被保険自動車 なにわ五六り七六一九

<4> 保険金額 車両 一一〇万円

対人賠償 無制限

自損事故 一五〇〇万円

対物賠償 一〇〇〇万円

搭乗者傷害 五〇〇万円

(3)  亡榮治は、下記の交通事故(以下「本件交通事故」という。)を起こした。

<1> 日時 平成七年一月二六日午後一〇時二〇分ころ

<2> 発生場所 大阪府寝屋川市太間町一番二三号先

<3> 車両 被保険自動車

<4> 態様 亡榮治が被保険自動車を運転中、電柱に衝突したもの

(4)  亡榮治は、平成七年一月二七日午前四時四〇分、大阪府寝屋川市泰町一五番三号所在の上山病院(以下「上山病院」という。)において死亡した。死亡診断書によると、直接死因は播種性血管内凝固症候群と診断されている。

(5)  原告森間ヨシ子は亡榮治の妻であり、同森間健治、同森間裕子、同谷智子は亡榮治の子であり、亡榮治の死亡により原告らが亡榮治の権利義務を法定相続分に従って相続した(甲第五号証、弁論の全趣旨)。

(6)  原告らは、平成七年四月一〇日、被告に対し、亡榮治の死亡保険金の支払いを求めた(弁論の全趣旨)。

2  争点

原告らは、亡榮治は、本件交通事故により外傷性血気胸を発症し死亡するに至ったものであり、本件交通事故と亡榮治の死亡の事実には因果関係があると主張し、また、亡榮治が本件交通事故当時低血糖状態により「正常な運転ができないおそれがある状態」であったとの被告の主張については、亡榮治に肝臓や心臓の疾患があったことは事実であるが、継続的に通院治療を受け、日常生活や仕事上何らの支障も生じていなかったのであり、本件交通事故当時、亡榮治が低血糖による昏睡状態にあったとの証拠はないとして、これを争う。なお、予備的に、本件交通事故による外傷が亡榮治の死亡の直接の原因でなく、疾病の影響によりもたらされたものであった場合には、自家用自動車保険約款第二章自損事故条項第一〇条に基づき、被告には疾病の影響がなかった場合に相当する金額を支払う義務があると主張する。

被告は、本件交通事故により亡榮治の被った傷害は頭部打撲及び前額部挫創のみで直接死亡に結びつくものではなく、血胸や腹腔内臓器損傷は認めることができないから、亡榮治の死亡の原因は、本件交通事故以前から存した肝機能や心機能の低下、低血糖、治療中の誤嚥などの要因によって心停止に至ったものと考えられるとして、亡榮治の死亡と本件交通事故の因果関係を争うほか、本件交通事故は歩道上を数一〇メートル走行して電柱に激突したという理解し難いものであることからすれば、亡榮治は上記疾患及び本件交通事故前の苛酷な労働等の影響によって低血糖による昏睡状態に陥っていたものと考えられるから、自家用自動車保険約款第二章自損事故条項第三条及び同第四章搭乗者傷害条項第二条でいう「正常な運転ができないおそれがある状態」で被保険自動車を運転したものというべきであり、かつ、亡榮治の被った傷害は同約款第二章自損事故条項第一条及び第四章搭乗者傷害条項第一条にいう「外来」性のある交通事故により発生したものとはいえないから、被告には亡榮治に対し保険金を支払う義務がないと主張する。なお、原告らが予備的に主張する同約款第二章自損事故条項第一〇条に基づく請求についても、「外来」性のある事故により傷害が発生したという前提条件を欠いているとして、これを争う。

第三争点に対する判断

1  証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  本件交通事故前の亡榮治の勤務状況

亡榮治(昭和九年九月一〇日生)は、ダンプカーの運転手として長年勤務してきた者であり、本件交通事故の三年ほど前からは、建材会社に自己所有のダンプを持ち込み、現場作業や資材の運搬作業に従事していた。亡榮治は、本件交通事故の前日である平成七年一月二五日午前八時ころから、同月一七日の阪神大震災で倒壊した神戸市深江の阪神高速道路高架倒壊現場において勤務を開始し、平常は午後五時までの勤務であったが、同日は引き続き夜勤に従事することになり、翌二六日午前三時ころまで勤務した後仮眠を取り、同日午前八時から午後三時ころまで再び現場において作業を行った。その後、一人でダンプカーを運転して兵庫県西宮市の今津港まで廃材を運搬した後、大阪府摂津市にある契約駐車場まで戻り、同所に駐車してあった自家用車である被保険自動車に乗り換えた。なお、亡榮治が今津港に到着した時刻や駐車場に戻った時刻、その後本件交通事故発生現場までの足取り(本件交通事故現場は、前記駐車場からだと、自宅のある方向とは反対方向に位置している。)については明らかでないが、阪神大震災から一〇日も経っていない時期であることからすると、道路事情は悪く、自動車による移動には当然平常時よりも長時間を要したものと推察される。(甲第一一号証の一、二、第一二号証、乙第九号証の一ないし八、第一〇号証)

(2)  本件交通事故の状況

本件交通事故現場は、阪神高速一二号守口線高架下の北向き二車線の車道の西側に位置する幅員約二・四メートルの歩道(以下「本件歩道」という。)上である。前記車道と本件歩道との間は幅約一メートルの生け垣によって区別されており、また、同歩道の西側は、建設会社敷地との間に波形トタンフェンスが設置されている。前記生け垣は、車両が路外施設に出入りできるように所々途切れていて、当該部分から車両が本件歩道内に進入することを可能にしている。本件交通事故当時、本件歩道上には、前記生け垣と波形トタンフェンスのほぼ中間に位置するようにコンクリート製電柱が一本設置されていた(以下「本件電柱」という。)。

亡榮治は、被保険自動車を運転して本件歩道上を北向きに進行して本件電柱に衝突しており、本件歩道に進入した場所は明らかでないが、同歩道上に進入することのできる最も近い生け垣の切れ目から進入したとしても、本件電柱に衝突するまで歩道上を約二〇メートル進行したことになる。

被保険自動車は、本件電柱に衝突した衝撃で車両前部が大破しており、運転席側ドアは開閉不能であったため、事故後間もなく近所の住人からの通報で駆けつけた救急隊員は後部ドアから亡榮治を救出した。亡榮治は、頭部から激しく出血していたほか、大量の便を失禁しており、救急隊員に対して明瞭な受け答えができる状態ではなかったが、必死に車両のギアチェンジをしようとする仕草をしていた。本件電柱は、衝突の衝撃で波形トタンフェンス側になぎ倒されたが、同フェンスには、その際に損壊した場所以外に、被保険自動車が接触したような痕跡は認められなかった。なお、亡榮治が本件交通事故当時、飲酒していたことを窺わせるような事情は認められない。(乙第一号証、第二号証、第九号証の一ないし八、第一〇号証)

(3)  本件交通事故による亡榮治の受傷及び治療状況

亡榮治は、平成七年一月二六日午後一〇時四五分、救急車によって上山病院の外来治療室に搬送された。当初、血圧は一〇一/三二、心拍数は毎分九二、意識は清明だが時々不穏状態になるという状態で、直ちに脈拍監視用モニターが装着され、止血措置とリンゲル液の投与が開始されるとともに、検査用の採血、頭部、胸部及び腹部の単純レントゲン撮影並びに胸部及び腹部のCT撮影がなされたが、レントゲン撮影室において吐瀉物を誤嚥したことにより第一回目の心停止に陥り、カウンターショック等による心肺蘇生の措置が施された結果、一旦心拍が再開し、同月二七日午前零時四〇分、集中治療室に運び込まれた。当初の血液検査による血糖値は二一mg/dlであり、低血糖状態(五〇mg/dl以下)であった。

亡榮治は、集中治療室入室時には、血圧が八八/五〇、心拍数が毎分一三四、意識状態は痛み刺激に全く反応しないレベル、両肺からの雑音が顕著という状態で、種々の心停止後の抗ショック療法等が施行されたが改善を見ないまま、前同日午前四時三二分、第二回目の心停止を引き起こし、午前四時四〇分に死亡が確認された。なお、この間の前同日午前一時三〇分にドレナージが施行され、血性排液、コアグラ様諸々少しあるのみと観察されているほか、午前四時二〇分、右肺部の腫脹が著明であることが観察されている。

同病院の医師は、亡榮治の傷病名について、全身打撲、前頭部挫傷、上部消化管出血、腹腔内損傷等と診断しているほか、前記CT撮影の結果に基づき、右胸部血胸、腹部に鏡面形成ありと判断し、死因については、全身打撲を原因とする播種性血管内凝固症候群が直接の死因であると診断し、頭部打撲については直接には死因に関係しないと判断している。

(甲第一四号証の一、乙第五号証、鑑定、証人田中孝也)

(4)  本件交通事故前の亡榮治の健康状態

亡榮治は、概要下記のとおり、本件交通事故以前に通院治療歴及び入院歴がある。

<1> 辻外科(平成三年八月三〇日~同四年九月一日)

傷病名 肝硬変症、腹水、C型肝炎等

<2> 淀川キリスト教病院(平成四年九月三日~同五年八月三一日)

傷病名 肝硬変(非代償性)、鬱血性心不全、心房細動、鼠蹊ヘルニア等(平成四年九月一〇日から同年一一月一四日まで入院)

<3> 辻外科(平成五年三月三一日~同年一一月一八日)

傷病名 肝硬変症、貧血症、鬱血性心不全、心房細動、陳旧性心筋梗塞

(乙第三号証、第四号証、第六号証、第一一号証)

2  ところで、本件交通事故により亡榮治が受けた傷害の内容について、鑑定を実施した証人田中孝也(以下「田中医師」という。)は、要旨以下のとおり説明している。

レントゲン、血液検査及びカルテの記載に照らし、亡榮治が本件交通事故によって受けた傷害に対する診断名としては、頭部打撲、前額部挫創のみが考えられる。レントゲン及びCT上、右胸腔内に五〇〇ないし一〇〇〇ml程度の液体貯留が認められるが、血胸と断定できず、むしろ、肝硬変及び持続的な高度の体蛋白血症に基づく漏出性液体貯留(胸水)とも考えられる。腹腔内の液体貯留所見についても、腹腔内臓器損傷によるものではなく、肝硬変に伴う腹水と解釈される。出血性ショックは入院時の血圧から見て否定される。全身打撲は正式な診断名として使われるべきものではないし、脳や胸部に骨折等が見られない本件においては当てはまらない。播種性血管内凝固症候群は、外傷の程度や発症がごく短時間であることから否定される。

そして、亡榮治が死亡に至る機序について、田中医師は、集中治療室に入室した後の経過は第一回の心停止に起因した病態にすぎないから、重要なのは第一回目の心停止の原因が何かであるとした上で、病院搬入からごく短時間の内にこれが発生していることからすると、大量出血や重要臓器の損傷を伴っていない本件外傷の程度に照らし、心停止が直接外傷に起因したものとは考えられない。原因を特定することは困難であるが、亡榮治は、本件交通事故当時、肝機能が極めて悪く、心陰影が極めて拡大していた(心機能異常、心不全)ことに加え、不規則な仕事によるストレス、過労などの複合的要因と、低血糖状態の持続、入院後の誤嚥などの要因が加わり、第一回の心停止に至ったものと推察される。交通事故、外傷、外的ストレスなどが間接的に影響している可能性は否定し得ないが、本件交通事故による外傷が直接死因とは考えがたいと説明している。

3  これに対し、甲第一四号証の意見書を作成した勝屋医師(以下「勝屋医師」という。)は、本件交通事故による傷害の内容について、次のとおり説明している。

CT上鏡面形成が認められていることからして、亡榮治は、外傷を原因として気胸を起こしたものと考えられる。胸壁損傷のような外傷がなかったとすると、肺に損傷が生じ空気が胸腔内に漏れる内気胸が起こったと考えられる。腹腔内貯留液については、外傷性の血液等によるものか肝硬変による腹水か断定できない。出血性ショックについては診断根拠が不明である。全身打撲の診断は、多発骨折を伴っていないからといって必ずしも否定されるわけではない。播種性血管内凝固症候群については、亡榮治に肝硬変による凝固系の障害があった可能性があることからすると、明確な診断は困難であるが、死亡原因が外傷によるものか否かの決め手にはならない。

亡榮治が死亡に至る機序については、第一回目の心停止に至った原因が重要であるとの点については田中医師と同意見であるが、その原因は、交通事故により外傷性気胸が発生し、それが進行して呼吸困難を起こし低酸素状態となったか、若しくは胸腔内出血により血圧が低下したかのいずれかにより、意識の低下を来たし、嘔吐・誤嚥から心停止につながったものと考えられると説明する。

4  亡榮治の傷害の内容及び死因については、カルテの記載が必ずしも十分とは言えず、また、解剖が行われた形跡もないため判断材料が不足しており、上記の田中医師及び勝屋医師とも、慎重に断定を避けている点は同様である。

しかしながら、法的判断としての相当因果関係の証明とは、自然科学的な証明とは異なり、経験則に照らし、すべての証拠を検討した上で、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性の証明にほかならないものであるから、このような見地に立って以下判断する。

まず、本件交通事故の衝撃の程度がコンクリート性の電柱に衝突してこれをなぎ倒すほどのものであり、車両前部が大破していること、亡榮治が激しい出血を伴う前額部挫傷を負っていることは、前記認定のとおりであるが、このような状況においては、必ずしも骨折を伴わなくても、自動車運転者がハンドル部等に強く身体の一部を打ち付けることによって内臓に何らかの損傷を生じることは十分に考えられるところであり、むしろ、前額部以外の箇所に何ら打撲等による衝撃を受けていないとは考えにくい。したがって、亡榮治が衝突時の衝撃で気胸を起こした可能性は否定できないというべきである(なお、田中医師も亡榮治の胸部の貯留液体が気胸によるものである可能性を完全に否定はしていない。)。

次に、亡榮治が非代償性の肝硬変を患っていた事実は認められるものの、記録上確認される最後の通院から本件交通事故までには一年以上が経過しており、その間どのように症状が変化し、本件交通事故当時どのような健康状態であったかは、全く推測の域を出ない。しかしながら、最後に通院していた辻外科において、腹水あるいは胸水の貯留は確認されていないこと、ダンプカー運転手として本件交通事故に遭うまで継続的に勤務してきており、特に事故の前日から当日にかけてはかなりきつい作業に従事していたことからすれば、少なくとも本件交通事故の前日までは亡榮治の肝障害が重篤な症状を呈していたとは考えにくく、胸腔内及び腹腔内の貯留液体が胸水及び腹水であった可能性は否定できないにしても、これを本件交通事故と全く無関係に、事故以前から存在したものと積極的に認定することまではできないというべきである。

また、亡榮治は、上山病院に搬入された直後に低血糖状態にあったことが認められるが、田中医師によれば、どの程度の血糖値でどのような状態に陥るかは個人差があり一概に言えず、特に、亡榮治のように肝障害を長年患い、低血糖状態に慣れていたような場合には、通常人ならば昏睡に陥るような場合でも、そこまでに至らないことは十分考えられ、また、精力的な治療が行われている本件のような場合、低血糖発作のみで短時間の内に死亡に至るとは考えられないというのであるから、低血糖が意識障害や誤嚥の一つの可能性ではあり得たとしても、他の理由による誤嚥の可能性も否定はできない。

さらに、勝屋医師によれば、集中治療室での治療中に観察された肺の雑音や胸部の腫脹については、破れた肺に加圧人工呼吸を行ったことによって、気胸による皮下気腫を増悪させたものと考えられるという。

以上の諸事情に鑑みると、勝屋医師の推測する、亡榮治が本件交通事故の衝突時の外傷により気胸を生じ、それに基づき低酸素若しくは低血圧状態となって意識が低下し、嘔吐・誤嚥を引き起こし、それが第一回目の心停止をもたらしたとの死亡の機序には、高度の蓋然性を認めることができるから、本件交通事故と亡榮治の死亡との間には相当因果関係が認められるというべきであるが、他方において、亡榮治の前記既存の疾病の内容に照らせば、同疾病が、生体の抵抗力を弱めるなどして治療効果に影響を及ぼし、死亡という結果発生の一つの原因になったであろうこともまた経験則上推察されるところであるから、亡榮治の死亡については、本件交通事故の寄与の割合を五割と見るのが相当というべきである。

5  被告は、亡榮治が上記疾患及び本件交通事故前の苛酷な労働等の影響によって、本件交通事故当時、低血糖による昏睡状態に陥り、「正常な運転ができないおそれがある状態」であったと主張するが、これまで認定してきたとおり、本件交通事故当時、亡榮治の身体の状況がどのようなものであったかを正確に知ることはできず、低血糖状態にあったことは間違いがなくとも、それにより昏睡状態に陥って被保険自動車を運転していたとまでは認定することができない。確かに、歩道上を進行した挙げ句、電柱に激突している本件交通事故の態様には、理解しがたい部分がないではないが、夜間、走り慣れない道路を通行中誤って本件歩道に進入してしまい、道路の中央に電柱が存在するなどとは予想もしなかったことから、電柱が車道に設置されているものと見誤った可能性も考えられないわけではなく、むしろ、昏睡に陥った状態で幅員の狭い本件歩道を少なくとも二〇メートル以上トタン塀に接触することなく進行することは困難と思われることからすれば、本件交通事故当時、亡榮治が「正常な運転ができないおそれがある状態」であったとの被告の主張は採用することができない。

また、被告は、亡榮治の被った傷害は「外来」性のある交通事故により発生したものとはいえないとも主張するが、上記のとおり本件交通事故が過失によって発生したと考える余地もないわけではなく、亡榮治が本件交通事故直前まで正常に勤務していたなどに照らすと、既存疾病が本件交通事故の発生に当たり何らかの原因を及ぼしたかどうかについては、これを明確に肯定することが困難であることに照らすと、本件交通事故が亡榮治に内在する原因のみによって発生したとは認定することができないから、この点に関する被告の主張も理由がない。

6  以上の次第で、被告は、損害の公平な分担という見地からして、原告らに対し、本件交通事故と相当因果関係のある損害について支払義務を負うべきところ(自家用自動車保険約款第二章自損事故条項第一〇条にいう、疾病の影響がなかった場合に相当する金額を支払うというのも同様の趣旨を規定したものと解するべきである。)、前記のとおり、本件交通事故は亡榮治の死亡について五割の寄与をしているものと解すべきであるから、被告は原告らに対し保険金の五割を支払う義務があるというべきである。そこで、これを原告らの法定相続分に従い配分して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井健太)

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